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理解するとわかるの違いについて知ることで人との付き合い方がガラッと変わる?

理解するとわかるの違い

「理解する」と「わかる」の違いって説明できますか?

どちらも英語にしてしまえば「Understand」となりますが、日本語ではこのふたつはかなり意味合いが違ってきます。

「理解する」も「わかる」も普段あたり前のように使う言葉ですが、気をつけて使わないと相手に誤解をされることもある言葉ですから注意が必要です。

今回はこのふたつの言葉の使い分けについて解説していきたいと思います。

 

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同じようで全く違う「理解する」と「わかる」

言葉というのはひとつひとつに明確な意味があります。

ただ数学や物理学と決定的に違うのは、ひとつの言葉でも意味がいくつもあるという点。

意味だけでなくシチュエーションによって使い方も数多くあり、同じ言葉でも使い方で全く異なる意味になってしまうこともよくあることです。

ですから言葉の意味というのは状況次第で姿形を変えるものといえます。

とはいうものの、まずは大元の意味を理解しておくのは大事なことですので「理解する」と「わかる」について広辞苑で意味を調べてみましょう。

理解する
・物事の道理をさとり知ること
・意味をのみこむこと
(広辞苑 第七版より抜粋)
わかる
・事の筋道がはっきりすること
(広辞苑 第七版より抜粋)

これだけを見ると、なんとなく似たような意味に感じてしまうことでしょう。

しかし実際には私たちは明確に使い分けています。

「あなたが言っていることを理解する」という場合、あなたが言っていることを聴いてあなたが言わんとしていることをくみ取る、という感じでしょうか。

「あなたが言っていることがわかる」という場合、あなたが何故そういうことを言うのかその理由がはっきりする、という意味でしょう。

微妙かもしれませんが、意味合いは違いますよね。

理解するとは「その内容の意味そのものをくみ取る」ということで、わかるとは「その内容に至る道筋(思い)をくみ取る」ということだと私は理解しています。

つまり、理解するのは「意味そのもの」であり、わかるのは「そこに至る思い」ということです。

「おまえの気持ちはわかるが、俺には理解できない」

みたいな使い方をするとその違いが明確になりますね。

理解するのは「頭」で、わかるのは「心」ということなんじゃないかと。

 

実体験に見る「理解する」と「わかる」の違い

言葉の意味の違いはご理解いただけたと思いますが、実はスピリチュアルな視点で考えたときこのふたつはとても大きな違いを持つ言葉になるんです。

それをご理解いただくために、実際の私の体験談をお話ししましょう。

 

ヘミシンクで見た「景色」

私はアメリカのモンロー研究所公認のアウトリーチ・トレーナーであり、ヘミシンクの普及に日々尽力しているスピリチュアルの専門家です。

普段はセミナー会場でセミナー受講者の体験のお手伝いをしつつ、自宅では個人的にヘミシンクを聴きながらさまざまなスピリチュアルな体験を繰り返してきています。

そんな私の個人的な体験談をひとつ紹介しますね。

ヘミシンクを聴いているときに、私の意識は私の肉体からはみ出して拡がり、ある景色が見える場所にたどり着きました。

そこはとても風光明媚なところで、青々とした草原がなだらかに続く山の中の家でした。

その風景は今まで見たことのないもので、そこが何処かも全く分かりませんでした。

また、何故私の意識がその場所に拡がっていった理由も分かりませんでした。

つまりどうしてその景色の場所に自分の意識が来たのか理解も出来なければわかりもしませんでした。

それから1年半ほどの年月が過ぎ、私がアメリカのモンロー研究所をはじめて訪れたとき、私の目の前に拡がっていたのは1年半前にヘミシンクを聴きながら意識が拡がって見た景色と寸分違わず同じものでした。

その瞬間、1年半前に意識がこの地を訪れたのは「ここに来ることになる」という予告だったことを理解しました。

そしてこの地(モンロー研究所)に来ることが自分のこれからの人生に大きく影響することになる、ということがわかりました。

体験談は以上ですが、ちょっと解説しますね。

実際にモンロー研究所に来る1年半前に、私の意識だけが先に来てその景色を見ていたのは「おまえはいずれここに来ることになるんだぞ」と言うことを知らせる予告編みたいなものだったと理解しました。

その時点でそこがどこで、その景色を見ることに何の意味があるのかなんて皆目見当すら付かなかったわけですが、1年半後に実際にその地を訪れたとき途轍もなく大きなインパクトとなってその景色が私の目に飛び込んできた。

モンロー研究所に来たことは私にとって「とんでもなく大きな出来事」なんだ、これはとんでもないことが起きるぞ・・・ということがわかりました。

この出来事が引き金となり、いま私はヘミシンクのトレーナーをやっています。

この体験から、とても重要なことが学べることにお気づきでしょうか?

 

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意思決定プロセスで最も大事なこととは

あなたが何かを決めようとするとき、それが大きな出来事であればあるほど慎重になりますよね?

そして結論が簡単に出そうにないとき、あなたならどうしますか?

私はサラリーマン時代、よく上司から「あらゆる事態を想定して熟慮に熟慮を重ねて最終的な結論を出せ」とよく言われたものでした。

そして上司に私の結論を伝えたときには「この場合はどうする?」「そこでトラブったらどうリカバリするつもりだ?」「それで利益はどれだけ確保できる?」など、これでもかというくらい質問攻めに遭ったものでした。

そこまで考えて出した結論に従って行動しても、多くの場合で失敗しました。

散々熟慮して「これ以上はない」というところまで追い込んで出した結論なのに、です。

多くの企業でこれと似たようなことをしているんじゃないでしょうか?

勿論うまくいくこともありますが、うまくいかないこともたくさん起きてきます。

実はここに「大きな落とし穴」があるんです。

とことん熟慮した末の結論は「正しくない」んです。

え、なんで?
これ以上ないというくらい考え抜いた結果出した結論なのに?

 

理解したところで結論を出してはいけない

ここまでで結論に至ってしまうと、あなたは「頭で考えた」答えで動くことになります。

しかしながら世の中、あなたが頭で考えた通りになんか絶対に行かないんですよ。

あなたが、そして誰もが考えもつかないようなアクシデントが起きることなんて日常茶飯事ですし、それを事前に盛り込むことは不可能です。

つまり「理解」したことだけで結論を出してはいけないということです。

もうひとつ、大事な事を忘れていませんか?

心です。

心で「わかる」ところまで、そこまで至ってはじめて「正しい結論」となるんです。

よろしいでしょうか?

頭で「理解」出来る限界まで熟慮して出した結論を前に、もうひとつやることがあります。

「この結論で問題ないか?」

を、あなたの「頭」にではなく「心」に問いかけるんです。

この結論を前に、あなたの心はなんと言っていますか?

わくわくしてる?ならオーケーです、その結論で行きましょう。

でも、どこかに何となく「もやもや」としたものが残る場合、その結論で行くのはやめた方が無難です。

それって、あなたの心が「ちょっと待てよ、これじゃダメでしょ」と言っているんです。

そのまま行動に出ればほぼ間違いなく想定外のアクシデントが起こります。

この場合、あなたの心の「もやもや」の正体を探る必要があるんですよ。

そしてその正体がわかれば結論も自ずと変わってきますよね。

 

人間関係における「理解」と「わかる」

こうした意思決定のプロセスは人間関係にも当てはまります。

付き合う相手を信用するかを「頭」だけで答えを出してはいけません。

必ず「心」にも問いかけてください。

この人、自分によくしてくれるし優しいから信じようと思うけどどう思う?と。

ちょっとでも違和感を感じるなら、その違和感のもとを探すことをオススメします。

そして「頭」と「心」の両方がしっかりと納得してはじめて、相手に全幅の信頼を寄せれば良いんです。

 

総括すると

今回は、理解するとわかるの違いについて解説してきました。

理解するとは「頭」が納得することで、わかるとは「心」が納得することです。

特に人間関係の場合、あなたの「頭」と「心」の両方に聞いてみて、それでオーケーなら問題ありませんが、もしどちらかが「ノー」と言っているならその人との関係は考え直した方が良いです。

何かを行動に移すときには理解するだけではなくわかるところまで突き詰めてから。

忘れないようにしてくださいね。

 

ということで今回は以上です。
長文お付き合いいただきありがとうございました。

 

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